職人紹介

基礎工事 株式会社J・M・P
佐藤 智彦さん

佐藤智彦さん

このお仕事をするきっかけは?
社会人になって最初の仕事が薬局の販売員でした。そこでは、某化粧品を販売していました。お化粧の仕方の研修にも行ったりしていました。(爆笑)
たまたま、知り合いから「仕事の手伝いをしてくれないか?」との話がありその仕事が「基礎」のお仕事でした。その後、運送の仕事をしている兄と一緒に会社を作ることになり兄と仕事をするようになりました。気を遣わず、あうんの呼吸で仕事ができるのがいいいですね。

基礎工事の難しいところは?
基礎は、家を作るときに一番大切な部分だと思います。ですが、家が完成してしまうと、見えなくなってしまい目に付くことがありません。なので、すごく気を遣い作業を進めています。まずは、図面通りに作ること、鉄筋を組む時にきれいに四角が並ぶように組みますが、次の日にはコンクリートが流されて見えなくなってしまいます。
地鎮祭の時などお施主様とお会いした時は、「基礎工事をしている時にぜひ現場を見てください。」とお話させていただきます。
家を建てることは一生に何度も無い高い買い物です。その土台となる基礎工事をしっかりと確認していただきたいのです。

仕事をするうえで心掛けていることは?
一番初めに現場に入るので、ご近所の方と仲良くすることを心掛けています。その後から入る職人さん達の仕事がやり易くなりますし、何か月もご迷惑を掛けるので大切なことだと思います。

趣味などありますか?
休みの時は、へら鮒を釣りに毎週のように相模湖に出かけています。
今度皆さんで行きませんか?

内装仕上げ業 インテリアやまだ
山田 高志さん

山田高志さん

このお仕事をするきっかけは?
学校を卒業後5年間は金融関係の仕事をしていました。知り合いから紹介されたのがクロス屋さんでした。そこで7〜8年間修行をした後独立をしました。

内装仕上げ工事の難しい所は?
リフォームや新築工事の中で一番表にでる所なので仕上げの美しさには気を遣います。また、クロスの材料によっても同じ貼り方をしても仕上がりに違いがでてきます。そのクロスの特徴を早いうちにつかむようにすることですね。

他の職人さんとのコミュニケーションで注意している点は?
タイホウさんの現場は何社も重なることは少ないのですが、電気屋さんと重なった時とかは、お互いに同じ場所にぶつからないようにどこから始めるのかを確認し合います。その方がお互いに仕事が進みますから。

この仕事をして良かったこと・嬉しかったことは?
サラリーマンの時よりも、心にも時間にも自由があります。縛られることが無く楽でいられます。
また、お客様に「きれいになった!」と言われると「やって良かった」と思います。

いつも愛妻弁当をお持ちですよね?
現場によっては、食べる所が無かったり時間が色々だったりするのでお弁当を持って行っています。毎日作ってくれるので...(照れ笑い)。

タイホウの現場は?
段取りをしっかり組んでくれているのでやり易いですね。良く現場で「山田さんここが~」と言われることがありますが、自分の仕事のダメ出しは反省し、すぐに直します。

お休みの日の過ごし方は?
釣りをするのが趣味です。月に1回は行きます。本当は月2回行きたい所ですが。千葉や神奈川の相模湾などに良く出かけます。30キロくらいのマグロが釣れたら最高ですね。

解体業 株式会社福来興業
竹内和仁さん

竹内和仁さん

このお仕事をするきっかけは?
父が解体業を営んでいたので20歳のころから一緒に仕事をしていました。解体業一筋です。3年前に今の会社を社長と立ち上げました。

お仕事をしていて気を使うことは?
この仕事は決してご近所の方に喜ばれる仕事ではありません。ですからきちんとご挨拶をすることから始まります。工事着工前には必ずお会いできるまで訪問させていただきます。工事が始まってからでもご近所の方とお会いした時はお声を掛けさせていただいております。また、どうしても埃や音、揺れなどのお電話をいただくことがありますが、迅速に対応して誠意をもってお詫びしています。

その時に「あと何日ほどで工事が終わります。」など、マメに状況をお伝えすることで、安心していただくようにしています。

作業中に気を付けていることは?
全て解体する場合とリフォームで柱などを残しながら解体する場合があります。
リフォームでの解体現場は、次に大工さんに引き継ぐので、大工さん立ち会いで解体の指示をいただき作業を進めます。うまく引き継げるように、またその後の作業がやり易いように気を配ります。
解体では、元に戻すことができないので失敗は許されません。
現場に入る前にはしっかり打ち合わせをして、意見を聞きながら作業の指示を出しています。また、帰ってからは一日の作業の報告を受けて意見交換をしています。
そうすることで、次の日の作業がスムーズに進んで、全員がミスのない仕事ができるようにしています。

お客様に対して
色々な思いがあって家を解体すると思います。解体作業中に涙を流して見ている方も時々いらっしゃいます。そんな時はそっと見守り、お客様の思いを大事に、次に建つ家の完成のために心を込めて作業を進めさせていただきます。

当社(太豊建設)のイメージは?
タイホウさんは他よりもアットホームな温かい感じがする会社です。
解体の仕事を任せていただいて感謝しています。現場監督さん達も良い人ばかりで仕事がとてもやり易いですね。

※休日には趣味の草野球でリフレッシュしているそうです。

大工
東海林大さん

東海林大さん

大工さんになったきっかけは何ですか?
姉の嫁ぎ先が工務店で義兄に誘われて、高校を卒業してから大工になりました。

仕事をする上で大切にしていることは?
大工の仕事は、柱や梁の骨組の部分や、仕上げ前の下地作りの作業が多いので、最後に内装や外装が入ってしまうと、やり直しが効かず、かえって神経を使います。ただし、それでも変更が出る場合もありますが、それがお施主様のご要望であればできるだけ応えたいと思って仕事に取り組んでいます。あとは、現場をいつもきれいにしておくことが、段取りの良い工事を進める上ではやはりとても大切ですね。

当社では主に新築をお願いしています。
太豊建設さんの仕事をして初めてSE構法を知りました。精度が高く接合部分が「ピタット」いくので気持ちが良いです。「安心・安全の家を作っているな」と実感しますね。

家を長く使っていただくためにはどうしたら良いでしょうか?
やはり風通しを良くすること。それと水まわりのトラブルには要注意です。マメにメンテナンスをして、おかしいと思ったらできるだけ早く対応をすることが大事です。

今後やりたいことは?
体が続く限りは仕事をしたいです。
太豊建設さんのショールームみたいに木をふんだんに使った家を建ててみたいですね。もっともっと木の良さを皆さんに知ってもらいたいです。
※趣味がサッカーと言う東海林さん、休日には仲間たちと汗を流しているそうです。

大工
小野 勝信さん、中村 力さん

小野勝信さん、中村力さん

大工になったきっかけは?
小野)中学を卒業した17歳の時に親戚の大工の釘打ちを手伝ったのがきっかけです。
中村)私は、中学卒業後、職業訓練校に入ってそこで大工の勉強をしました。

修行時代の思い出は?
小野)親戚についていたので給料も決まっていたので辛いことはなかった。
中村)弟子から始めたので弁当持ちから何でもやりました。それが普通だと思っていたけれど今の人達とは、違うのかな?

東京に来るようになったのは?
小野)25歳のころ家庭を持ってから、冬場青森では仕事がないので東京に出稼ぎで来たのが最初です。東京の仕事を覚えると人脈もできてきて、そのうち自然と単身赴任で来るようになりました。最初のうちは、年に3~4回は帰っていましたが、最近は年に2回ほどしか帰れなくなっていますね。子どもが小さいころは、子どもに会いたくて仕方がなかったのが、今は孫に会うのが楽しみです。

二人で現場に入ることが多いようですが
中村)20年以上一緒にやっています。
最初のうちは、よく現場で意見が合わずにぶっかっていました。
今では、お互いの心(気持ち)を察することができているので仕事の上では大事なパートナーです。

現場で気を付けていることは?
小野)お客様の気持ちになって考えてあげることです。例えばこの場所に棚があったら便利だろうなと思うと提案したりアドバイスをしたりしています。お客さんが喜んでくれるのが一番うれしいですからね。
中村)新築・大規模リフォームなど長期に渡る場合は、現場のご近所さんの協力が凄く大事になってきます。そのためには、現場監督さんの配慮が大事だと思います。また、現場内では他の職方さんと一緒になってもお互いに気持ち良く仕事ができるよう心掛けています。

ストレス解消法は?
二人)飲みに行って歌うことです!
中村)楽しくお酒を飲んでいると、一日の疲れなどなくなり、また明日から頑張ろうという気になりますね。盛り上がってくると得意の踊りもでてきます!
(ラッセーラー、ラッセーラー)

電気工事 株式会社プラネット
渡辺 宗光さん

渡辺宗光さん

このお仕事をはじめられたきっかけは?
神輿の会で知り合いになった専務に誘われてこの仕事を始めました。何をしたいかわからず色々なことをしていた時期でした。電気関係のことは、まったく知らず電球を替えることから教わりました。

仕事をしてく上で気を付けていることは?
電気の配線は、目に見える所ではないが、そこをいかに丁寧に、きれいに仕上げることができるかそれが難しい!始めは、何度もやり直しをされられました。上司の仕事は凄いと思いました。手を抜かずやり遂げることが大事です。電気による火災も起こりうるので、絶対に気を抜けない仕事なんだと教えられました。

仕事をしていての喜びは?
電気の仕事は、最初から最後まで現場に入ることが多く、最後に照明が点いて初めて家の良さがわかります。その時にお客様から「ありがとう、良かった」と言われるのが一番うれしいです。また、難しい現場で悩むほど楽しみもあります。

現場で気を付けていることは?
他の職人さん達とのコミュニケーションを大事にしています。特に大工さんと重なることが多いので、お互いに譲り合って、できる所から始めたりしています。
休憩の時間は、仕事以外の話も良くしています。

子どものころは、どんなお子さんでしたか?
男3兄弟の真ん中で良く兄弟げんかをしていました。道で会ってもけんかが始まったりして...
家には、居ずに良く外で遊んでいました。必ず傷を作って帰ってきていましたね。
今では、兄弟でお酒を飲む様になり、仲が良いですよ。お互いが尊敬できる様になりました。

将来の夢は何ですか?
海外移住です。まだまだ先のことですが、子どもが大きくなってから、“タイ”に住みたいです。趣味のスキューバーダイビングをしたり、のんびり過ごしたいですね。

当社(太豊建設)に対して何かありますか?
タイホウさんの今の社長になられてからと、私がこの仕事を始めたのと同じ時期でした。一緒に成長しているという感じです。仕事はやり易く、居心地の良い会社です。このまま大きくなっていって貰いたいです。

大工
中丸 芳太郎さん

中丸芳太郎さん

大工さんになられたきっかけは?
子どものころから釘を打ったりすることが大好きでした。17歳の時に親方の所に修行に入りました。

修行中のエピソードは何かありますか?
5年間の修行中は、生活も仕事も大変でした。親方からは、物は飛んでくるし、冬になると雪が積もるので雪かきをしてからでないと仕事が始められませんでした。
カンナ掛けをしていても木とカンナが凍りついてしまい、動かなくなったりして...。修行中は、お給料が無かったのでお盆とお正月には、お小遣いを貰って、好きな物を買ったり食べたりしました。唯一の楽しみでしたね。

組合のお仕事もされているとのことですが
もう15年ほどやっています。毎年、木工教室を開いていますが、子どもたちか物を作る楽しさや木に触れた時の感触などを少しでもわかってくれたら良いなと思います。
その子どもたちの中から一人でも多くの大工さんが育ってくれたらうれしいですね。

今後の夢はありますか?
息子が結婚して孫も産まれたので、息子家族の住む家を建ててあげたいです。仲良く元気に伸び伸びと暮らしていける家を作りたいですね。あとは、「若い職人さんの育成」にもできる限り力を注ぎたいと思っています。

タイホウ建設の仕事はいかがですか?
チームワークが良く仕事はやり易いです。連絡をマメに取ってくれるともっと仕事がやり易くなると思います。
社長は、話易く困ったことが起きても相談しやすいですね。
良い職人さんを育てていただき、会社をもっと大きくしていって貰いたいです。

左官
島田 和三さん

島田和三さん

左官のお仕事を始めたきっかけは?
高校を卒業して2年半ほどは、建設会社に勤務し、現場監督をしていたのですが、“自分は向かない”と思い父親の仕事を継ごうと決断しました。最初5年くらいは、父親の知り合いの親方のもとで修行をしました。そこでは、左官の仕事だけではなく塗装やタイルの仕事も勉強しました。修行は、辛い時もありましたが、仲間が居たので続けられました。

左官の仕事の難しさはどんな点ですか
室内の壁を塗るとどうしても乾き方で仕上げが決まってきてしまいます。夜中まで乾くのを待つこともあるんですよ。大変な現場でお客様に褒めてもらうと「やって良かった!」と思います。一番うれしい時です。

今後、挑戦してみたい仕事はありますか?
日本家屋ですね。和室の京壁は、壁に重みが出て良いですよ。最近の和室は、クロスを貼ってしまうことが多いのでぜひ、塗り壁の良さを皆さんにも知っていただきたいです。

当社の仕事をしていただいて3年になりますが、いかがですか?
社長や監督さんに自分の意見を聞いてもらえて、仕事はやりやすいです。現場では、他の職人さん達も会話があって楽しいです。
わからないことは、知ったかぶりをしないで聞いてきてくれます。
急な仕事を頼まれても、自分のことを信頼してくれていると思うと、「何とかやりくりしてみよう」と思います。

地域の消防団に入られているとお聞きしました。
消防団に入って10年経ちます。月に2回は、活動に参加しています。神輿の会には、23年所属していますし、町会では防犯部に入って、地域の見まわりなどもしています。地元で、仕事をしているので少しでも安心して暮らせる町にできたらという気持ちで仲間と活動しています。

お忙しい中で何かストレス解消法はありますか?
5~6年前から始めたんですが、ウインドサーフィンが趣味です。海に出てプカプカしていると気が休まり落ち着きます。最近は行けないのですが、月に2回は行きますね。釣りも好きです。

大工
小椚(おくぬぎ)文雄さん

小椚文雄さん

大工になられたきっかけを教えてください。
17歳の時に大工になるか車関係の仕事をするかについて考えた時に実家が大工だったこともありこの道に進みました。
父は、頑固一徹の職人肌で、お客様には優しくとても親切なのですが、まわりの職人たちには「北向きの鬼瓦」といわれ、恐れられていました。私は、父よりもちょっと優しい叔父について修行を積みました。

いつも楽しそうに仕事をされていますね?
仕事に対してつらいと思ったことはないし、不平不満もないですね。細かいことをするのが好きなので、どんな仕事でも楽しいです。どんな現場も苦にならないです。

思い出に残る現場は、ありますか?
兄が建設会社を経営していたので15年前に一緒に手掛けた現場で、基礎の鉄筋の仕事から大工仕事までを全て手掛けた現場が、とても思い出に残っています。大工仕事を一人で任されたので、自分で段取りをして工程を組んでやりやすいようにできたので、やりがいがありました。あと、6年前に建てた自宅です。自分で設計をし、家族の意見も取り入れてできた家です。大工もほとんど私一人、妻のキッチンへのこだわりも取り入れました。とても住みやすく自慢の家が出来ました。

いつも美味しそうなお弁当を持参されていますね?
家内の実家も大工だったので大工の仕事を良く判っていて、お弁当は体に良いメニューで毎日作ってくれています。とてもありがたいです。

これからの夢は?
仕事を辞めたら夫婦仲良くゴルフをして過ごしたい!でも、まだまだ仕事は続けますよ!

太豊建設に対してひとことお願いします。
社長はいつも仕事に一生懸命取り組んでおられます。話し方も上手で、わかりやすいです。現場担当の方たちは、いくつもの現場を担当して大変だなと思いますが、会社として若い人をどんどん伸ばしてほしい。頑張ってもらいたいですね。

防水工事 南武建工
高橋 雅幸さん

小椚文雄さん

最近の地震や台風で、当社でも雨漏りのご相談が相次いでいます。あらためて、住宅にとっての防水の大切さについてお聞かせください。
一言で防水と言っても、一軒の家には、様々な方法で防水処理がなされています。
それらの工事がきちんとされていないと、雨漏りの原因になります。木造住宅ですと内部の柱や土台を腐らせてしまい、コンクリートの建物は、中の鉄筋や鉄骨をサビさせてしまいます。当然、家の寿命が短くなり、ひどい場合は傾いてくるケースもあるほどです。

家にとって、水は怖いものなんですね。私たちが普段できることは何かないのですか?
そうですね。まず、ベランダや屋上には必ず排水口がありますが、そこにゴミが溜まらないように掃除をしてください。
雨水が溜まると防水層は傷んできます。また、5年に一度くらいは、信頼できる工務店などに点検してもらうことをおすすめします。
とはいえ、実際は、雨漏りし始めてからご相談を受けるケースが多いですね。その場合、どんな方法で、どこまでやるか、医者のような目で見た正確な判断が要求されます。

安心安全の家づくりのためには、他の業種の職人さんとの連携も大切だとおもいますが。
防水工事の場合、出来上がった状態に見た目の違いはありません。大切なことは、見えない部分にいかに力を注ぐか、最後の仕上げまでの過程が肝心です。その結果は1、2年ではわからなくても、5年経つと必ず出てくるものです。
私たちの仕事の主な前工程というと、大工さんと左官屋さんですが、時には注文をつけていいと思っています。ただし、こちらの要求だけを一方的にいうのではなく、休憩時間などでしっかりとコミュニケーションを取りながらお願いするようにしています。お互いの連携があってこそ、良い建物ができあがるからです。

最後に高橋さんは、若い方を何人も使っていらっしゃいますが、育て方について一言。
若い人には、あえてやりづらい所をどこまでできるかやらせてみます。その仕上がりを見ると、どれだけ頑張って取り組んだか、ある程度であきらめてしまったかが、はっきりとわかります。そして、アドバイスしながら、本人に直させます。私自信で直したくてムズムズしますが、それでは若い人たちが育たなくなってしまいますからね。

鉄骨工事職人
伊藤 雅さん

小椚文雄さん

木造住宅においても、木の強度だけでは対応出来ない部分もいくつかあります。そんな時、頼りになるのが鉄骨工事の職人さんです。

伊藤さんが鉄骨のお仕事をされたきっかけからお聞かせください。
父が鉄骨屋を営んでいましたので、高校生のころからアルバイトをしていました。
口数の少ない父でしたが、頼もしい仕事ぶりにあこがれていました。

そのお父様からの教えは、どのようなものでしたか?
まずは、「仕事は見て覚えろ」です。失敗覚悟でやらせてから、その後で細かい収まりなどを徹底的にチェックして指摘されます。はじめから言葉で説明されるよりも、その方が結果的に成長も早かったと思います。そんな父に100%頼っていましたので、9年前に急死して、段取りから全て自分がやらなければならなくなったときは、私なりに大変苦労しました。

鉄を扱うことは、プロでなければできない特殊な技術だと思うのですが、鉄の魅力ってどんな所ですか?
鉄骨の良さは、強度と耐久性です。ただし強度を重視するあまり、見た目が損なわれる場合があります。かと言って、デザインを気にしすぎると、本来の目的である安心安全な補強が甘くなる。何があってもビクともさせないぞという気持ちはありますが、見栄えとの折り合いを付けて工夫するところが腕の見せ所です。お客様にもそれが伝わって喜んでいただき、またお声を掛けてくだされば、こんなに嬉しいことはありませんね。

家づくりは、何十人という業種の職人さんたちで作り上げる共同作業ですが、日ごろ伊藤さんが現場で気をつけている点があれば教えてください。
はい。現場に入ったら、いろんな職人さんが仕事をしているわけで、自分だけ良ければいいという訳にはいきません。私よりも年長の親方も多いので、なるべくこちらから声を掛けて、現場がぎくしゃくしないように心掛けています。タイホウさんの現場は、その点皆さん気を遣ってくれますので、とてもやりやすいですね。

夢は現役90才!ハイパーレスキュー隊にあこがれる正義感の持ち主。
「チームワークで勝負する」タイホウ匠会にとって、伊藤さんも欠かせない職人さんの一人だということがあらためてわかりました。

屋根工事、板金工事
根本 正章さん

根本正章さん

今のお仕事の内容についてあらためてお聞かせください。
今の板金業に就いたのは24歳で、30歳の時に独立しました。今年で早や18年目ですね。主に屋根の葺き替えや雨樋の交換、その他ひさしや建物の外部の工事が中心です。

どんなご苦労がありますか。
私たち板金屋は、屋根の上での仕事が多いのですが、夏はむちゃくちゃ暑いし、冬はむちゃくちゃ寒いです。特に最近の夏は暑い。30分ごとに水分を摂らないと熱中症にかかってしまう場合もあります。

それでも、お客様から「これで安心して暮らすことができます。」と喜んでいただけたときには、そんな苦労もスーッと吹き飛んでしまいますね。
屋根は普段は見えない所だけに、住む方が安心できなければ直す意味がないわけですから。

そうですよね。当社のお客様でも、特に最近は雨漏りで困っている方が多いように思います。
屋根は、15年から20年くらいしたら、外壁と一緒に塗装するか、できれば新しく葺き替えた方がいいんです。一度雨漏りがしてしまうと、予想以上に大掛かりな工事になってしまうこともありますので、お早目のメンテナンスをぜひおすすめしたいですね。
これは商売っ気抜きで...(笑)

見えない所だけに、そういう思わぬご苦労もあるでしょうね。
はい。屋根材の下地の木の部分も自分で直さなければならないこともよくあります。また、狭小住宅で路地の奥に建っている場合などは、材料を加工する場所もなくて苦労します。
それでも、もっと複雑な屋根に挑戦したいという気持ちもあるんですよ。

お休みの日はどう過ごされているのですか。
家内がダイビングのインストラクターをやっているので、月に一度は家族で伊豆まで潜りに行きます。日曜日は4歳になる息子と公園でサッカーをして、半分ストレス解消しています。(笑)

タイホウ建設について何か一言を。
アットホームな会社で、感じの良い方ばかりですが、連絡のミスがたまにあるので、それがなくなればもっと良くなると思います。

大工
柴田 誠さん

柴田誠さん

ベテラン大工の柴田さんですが、子どものころはサッカー少年で、将来は一流のサッカー選手を夢見ていたそうです。

おじさんが大工さんだったことも影響して、この仕事を20歳から始められました。建築は奥が深く色々な本も読んで勉強されました。「日本の建築は世界一」だとおっしゃる柴田さん。お客様に対しては、知識と経験を活かして、扉の開け方一つでも、使いやすいようにきちんと説明をして、取り付けてくれます。

「安くて、使い勝手の良い家をつくり、お客様が喜んでくれることが一番です。」と。
仕事が好きで、どんな現場でも苦労だと思わない、かえって難しい現場の方が張り合いが出て楽しいそうです。

座右の銘などあればとお聞きすると...
「人生前向き」という答えがありました。

「終わってしまったことを後悔するより、これからのことに全力を注ぐようにしたい。死ぬ一秒前まで仕事をしていたい。一生を大工で終わらせたい。」

とても仕事熱心で、大工さんという仕事が大好きなんだと感じました。
趣味はゴルフとギター。ゴルフの腕前は、アベレージが88。年に24回ほどコースに出られるとのこと。「大工の腕ほどではないですが...(笑)」と照れ笑いをしていらっしゃいました。

ギターは、フォーク、エレキ、クラッシックと3種類のギターを使いわけ、学生時代からのあこがれの、ビートルズやベンチャーズを聴いているそうです。ぜひ、今度聴かせてくださいね。

最後に、「太豊建設についての印象は?」という質問に...「社長、スタッフ一同とても仕事熱心で、心が温かい愛ある会社だと思います。」と答えていただきました。
これからも、ビールの飲みすぎには気をつけてくださいね。

クロス職人
佐藤 勝司さん、佐藤 崇さん

佐藤勝司さん、佐藤崇さん

内装クロス工事を担当している佐藤さん親子。

もともと会社員を20年やっていた佐藤さん。友人が内装業を独立してやることになり、その時、誘われてこの道に入ったそうです。

最近はめっきりたくましくなったと評判の崇さんも、お父さんの手伝いから始めてすでに7年近く。もうりっぱな職人さんです。

仕事をしていてうれしいことは?の質問に「きれいになったね...とお客さんに言われる時ですかね」と照れ笑いの佐藤さん(父)。

人柄もさることながら、大手建設会社の大きな現場も長く経験されていて、仕事の段取りの良さと丁寧さは誰もが認める所。崇さんも「丁寧な仕事をすることを大事にしています」とお父さんゆずりな面をのぞかせる。

お二人とも趣味は釣りだそうです。「たまには一緒に行くんですか?」の問いに、「いやー別々ですよ」と休みは別行動とのこと。それが一緒にうまく仕事をやる秘訣かもしれません。
そろそろ崇さんもお年ごろ?お嫁さんのこともお父さんは気になるようで、「誰かいないですかね」とこぼしていました。
仕事では師匠と弟子ですが、やはり父親としては心配なようです。太豊建設についてお尋ねすると、「みんな優しくて親切で、仕事はやりやすいですよ。職人さん同士のコミュニケーションもとれていますし。ただ、現場では細かい指示をもっと出してほしい。ちょっとしたことが時間のロスになりますからね」と仕事には厳しい佐藤さんらしい言葉も。これからも優しく、厳しく、お願いいたします。

サッシ職人 小田川トーヨー住器
出川 逸樹さん

出川逸樹さん

サッシ関連の工事を担当している出川さんはご実家が大田区の羽田でガラス屋さんをやっていた関係で、自然にこの仕事を選んだといいます。小田川トーヨー住器さんに入社されて21年目の大ベテラン。仕事で心がけている点は「今与えられた仕事を完璧に仕上げる。」そのためには、事前の段取り、下調べを入念に行うようにしている。お客様から「イメージ通りです!」と喜んでいただけるのが、一番のやりがいだそうです。

性格上、「できません」と言うのが嫌いで、サッシ以外のことでも、お客様から相談を受けたら、できるだけ対応している。お部屋の状態や暮らし方も様々なお客様に対して「基本的にどんなお客様にも対応したい。お客様に対して好き嫌いは言ってはいけないし、仕事の大小での区別もしたくありません。色々なタイプのお客様との対話を通して私自身が成長できたんだと思っています。」と熱く語る出川さん。

小田川トーヨー住器さんには当社のイベントを強力にバックアップしていただいている。
「私どもの仕事は工務店様から依頼を受けて行っています。ですから、地域の工務店様がイベントを通じて、その地域に積極的に働きかけ、少しずつでも仕事に結び付いていただけたら私たちも助かるわけです。ところが、ただ仕事を待っているだけで、次第にお客様から声がかからなくなってきている工務店様も少なくありません。タイホウさんは以前から積極的に色々なイベントを継続されているので、地域の皆様にとっても大変いいことだと思いますよ。」とお褒めの言葉も。
当社として改善した方が良いと思われる点は?という質問には...「いや~、タイホウさんのことを全部わかっているわけではないので。ただ、現場の管理がしっかりしているなということと、地域での営業活動がきめ細かく、次第に広がってきているように感じます。変えずに頑張っていただきたいと思います。」と。

最後に今話題の「住宅エコポイント制度」について伺うと...「住宅エコポイント制度はまだ予算の枠が十分ありますし、大変有利ですので騒音や結露などでお悩みの方はぜひこの機会に二重サッシの設置をおすすめします。トステムの「インプラス」という商品です。宣伝で申し訳ありません」と照れ笑いの出川さん。

趣味は羽田出身らしく「御神輿」。仕事のことは忘れて今年も担いだそうです。

有限会社三美塗装
佐竹 数馬さん

佐竹数馬さん

地元品川出身の佐竹さんは、同じ塗装会社でお仕事をされているお父様の後を継いで塗装の仕事に就き、すでに15年以上になります。「仕事してきて、辛いと思ったことはないです。」と、人柄、朗らかです。
大事にしているのは誠実さ。「仕事は、ちゃんとできて当たり前なので、お客様の要望をしっかり受け止め、形にすることで、それ以上になるように努めています。」とも。

お父様と一緒に仕事をしていることについて、伺ってみると...
「仕事を初めたころは、父から色々言われました。仕事そのものや、お客様に対する対応など。でも、技術的なことは、見て覚えろって感じです。良いのは一緒に仕事ができること、悪いところは、親子だけに言い過ぎてしまうことです。」そんな時も最近では、お父様のほうが折れてくれることが多くなったとか。それは、佐竹さんが一人前として認めてもらえているからですね。
店舗の仕事など凝ったつくりの仕事が、していて楽しいそうです。「これからも、店舗はやっていきたい仕事です。デザイン性のある仕事が、もっとしてみたいですね。」

そんな彼は、写真を見るのも撮るのも好きで、ふらっと写真展を一人で見に行ったり、旅先で人物を撮ったりするそうです。「美術館も好きなんですよ。写真家ならサルガド。」と、さらっと紹介してくれました。
太豊建設の印象は?の質問にも、「デザインの方向性が良いと、いつも思っています。」の答え。いかにもアート好きな彼らしい視点で返してくれました。

印象的だったのは、「仕事が好きです」と、きっぱり話してくれたこと。作り上げ、結果の残せる仕事に誇りを持っているだけでなく、楽しんでいるようにも感じました。

大工
林 雅之さん

林雅之さん

大学時代、現在の奥様のご実家が工務店だったことから、大工の仕事を手伝うようになり、この世界に入ったという林さん。
始めての手伝いで上棟(建前)を見たときには、一日にして家の形ができあがってしまうことに、衝撃をうけたそうです。
子どものころから手仕事が好きで、まだ小学校にも上がらないころ、漁師をしていたお祖父さまのところへ遊びにいっては、浜で流木を拾い、日曜大工の道具で、何を作るでもなく黙々と組み立てていたそう。根っからの職人さんの気質なのですね。

そんな林さんが仕事をするうえで大切にしていることは、何よりも、お客様の使い勝手の良いものを作ること。細かなことでも、お客様と相談して進めているのだそうです。「お客様のありがとうの言葉が、うれしいです...単純ですが」と。
また、「見えなくなるところも気を抜かずに作業することで、次の作業もスムーズに進められ、結果、仕上がりのきれいさにつながると思っています。」とも、独特のソフトな口調で、語ってくださいました。
最後に、太豊建設の印象も伺いました。「会社の中が、下町的。とても温かさを感じています。」「現場の雰囲気も良く、他の職人さんとも、楽しく仕事しています。」とのこと。
写真の通りのイケメンさんで、いつも物静かな林さんですが、仕事に対する真摯で熱い思いが伝わってきました。

タイル職人
近藤 良雄さん

近藤良雄さん

中学生の時、タイル職人だった叔父の下でアルバイトをして「おもしろい!」と思ったのがきっかけ。
夜間学校に通いながら、4年間の修行の末、20歳で独立した。若いころは現場が楽しくて、3日も寝ずに仕事をしたり、難題に直面するたびに職人としての心が燃えたという。

「誰に見られても恥ずかしくない仕事をしたい」という一念で、常に自分自身の基準を設定し、何があっても必ずそれ以上の仕事をすると決めている。

「予算が少ないからと言って手抜きをする職人も多いけど、『安かろう悪かろう』は絶対に嫌だし、お金のことばかり考えて仕事してたら楽しくないでしょう?」

新築よりも在宅リフォームの方が好きという近藤さん。きれいに仕上がったときの喜び以上にお客様との交流が楽しいと言う。
この道40年の匠の技術もさることながら、その人柄が好かれている。お客様と親しくなっても直接仕事を受けることはせず、必ず工務店を通してもらうと言う。
「工務店の役割は、もし、お客様に満足していただけなかったら、職人を取り替えてでも、何をしてでも、お客様に満足していただけるまで何度でも直させることなんですよ。目先の利益だけで『何でもあり』にしたら秩序が乱れちゃうでしょ。」と言う。
「タイホウ匠会は最高ですよ!太豊建設の皆さんも職人もみんな一つになってアットホームな雰囲気で、古き良き時代そのままです。」いつもは冗談を言って笑わせてくれる近藤さんですが、本当は匠の心を大切にする超マジメ人間なんですね。

塗装職人 株式会社加増
飯田 孝男さん

飯田孝男さん

きっかけは、義兄が塗装職人だったからという飯田さん。
36年間、「今、自分ができるベストな仕事はこれ」と、塗装業一筋に歩んできた。若いころは、ゼネコンが元請けの大型建築現場、いわゆる野丁場(のちょうば)が多く、職人は皆、荒々しかった。必死で先輩について行った。そのころ鍛えられたことが良い経験になっている。

「なんでも経験。苦労も自分のためと思えば苦にならないよ。」

難しい仕事ほど、きれいに仕上がったときはうれしいと言う。内装の施工は、お客様が毎日目にしてずっとそこで生活するわけだから、少しでも納得できないところがあってはいけない。特に木は生き物なので、変色したり腐ったりする。
お客様の仕上がりのイメージ、ご要望を聞き、現場で素材をよく観て、どのような材料でどうように施工するかを判断する。
これがとても難しいのだが、長年の経験で、失敗することはまず無いと言う。難しい仕事ほど飯田さんに回ってくるし、腕の見せ所なのである。

「タイホウさんにも『お任せします』って言われちゃうんだよね。」奥様が腕を骨折したときは、家事を全てこなし、特に料理は自他共に認める腕前で、ご近所の旦那さん同士で情報交換もしているそうだ。飯田さんのモットーは、「丁寧に、親切に」。もともと、仕事は丁寧な飯田さんだが、特に最近は個人宅の仕事が増え、お客様に対してはもちろん、監督や仕事仲間、誰に対しても親切に接することを心がけている。
これぞ、タイホウ匠会の精神ですね!

木製建具職人 株式会社太明
蓮見 修さん

蓮見修さん

お父様が建具職人だったという蓮見さんは、17歳からその道一筋。以前は、マンションなど大型ビルの現場が多かったが、ここ数年、一般住宅の仕事をするようになり、お客様の喜ぶ顔を直接見られることがうれしいと言う。

若いころ、「完成したドアに紙一枚はさんで、ストンと落ちたらやり直し。」と鍛えられてきた。特に、リフォームの場合は、枠に曲がりや癖がでてきているので、それに合わせて加工し、ピッタリ収めなければならないのだと言う。

蓮見さんのこだわりは、取り付けの際に現場で時間をかけないこと。そのために、下見を2度行い、細かいことも見逃さずチェックをし、会社の作業場で完璧に仕上げる。その分、お客様のお宅で余分な時間をかけなくて済むし、仕事の精度も増す。

最近は、規格もののユニット建具が主流となってきている。カタログもきれいで選びやすいし、施工も簡単。「でも、昔ながらの木製建具は、木のぬくもりややすらぎを与えてくれます。それに、お客様一人一人のご要望をきめ細かく実現できます。『我が家だけのオリジナル』ですし、お客様の満足度が全く違いますね。ただ、オーダーものはカタログもないし、木の匂いや手触りを言葉でお伝えして分かっていただくのは、とても難しいんですよねぇ。」と語る。
家では、小学生のお嬢さんのために、自然素材、自然塗料のおもちゃ箱を作ってあげる優しいお父さん。蓮見さんのお話を伺い、自然素材と手作りの良さを一人でも多くの人にお伝えして、よりお客様にご満足いただける住まいづくりのお手伝いができれば...と思いました。

ユニットバス施工 給排水設備 有限会社ユニロード
村上 元崇さん

村上 元崇さん

自動車メーカーのサービスマンから20年前、建築業界に転身した村上さん。現在、機動力が評判の若手社員10名をかかえる社長さんだ。小柄で身軽、フットワークのよい村上さんの信条は、「常に一生懸命、今できる最大限のことをやる」。そういう気持ちが、村上さんのフィールドを給排水設備に留まらず、他種の雑工事、解体、産廃処理にまで広げている。

お客様への気遣いはきめ細かく、何よりも会話を大事にしている。工事の説明はもちろんのこと、話題はお客様の暮らしぶりや趣味の話などにもおよぶ。会話を通して、お客様の気持ちを少しでも深く理解し、お客様の思いと同じ方向に向かって仕事をしたい。プロとしてのアドバイスや施工は当然のことだが、まず、お客様の悩みや心配を取り除くことが第一なのだと語る。

そんな村上さんは、常に謙虚で前向き。「タイホウ匠会には生きた教材がいっぱい。良いところは、どんどんマネしたい。」と目を輝かせる。「これからは地域密着の時代。自分の生活している社会で仕事ができれば最高ですよ。地域に貢献できて、地域から返していただけることができれば、何よりの幸せです。地域密着を行っているタイホウさんは、正に私のお手本なんです。」

最近では、次代を担う若手社員の育成を考えている。単に技術だけでなく、地域の中での仕事の仕方、生き方を教えていくことが自分の使命だと言う。いつも冗談を言って、私たちを明るく和ませてくれる村上さんだが、この日は、真剣に語ってくれた。
ありがとうございました。

給排水 アクア設備
杉山弘さん、和志さん

杉山弘さん、和志さん

親子で水道設備の仕事に携わっている杉山さん。父の弘さんは、長年、ビルなどの現場監督をしていたので、大きな現場に強く、他の職方の仕事も熟知している。一方、息子の和志さんは、町場の水道屋さんで修行を積み、器具取り付けや修理に強い。「しょっちゅう喧嘩してますよ。でも、やっぱり、親子はいいですよ。言いたいこと言えますし。」と、口を揃えて言う。

「現場はきれいに。道具を散らかさない。」と、厳しく言われてきた和志さんは、現場に行くときは必ず新しい雑巾を用意し、現場を汚さないよう道具の置き場にも気をつける。

杉山さんのモットーは、「シンプルで美しく」。真っ直ぐで無駄のない配管は見た目に美しいだけでなく、水漏れなどの故障も少ない。杉山さんは、床下など、出来上がったら塞がれて見えなくなってしまうところこそ、きれいにしなくてはならないと言う。「水漏れは本当に怖い。だから、きちっとした仕事をする責任があるんです。」そのために、お客様に対しても、他の職人さんに対しても工事前、工事中の確認を徹底して行う。
時には床下に潜って泥だらけになったり、びしょ濡れになったりする大変な仕事だが、「この仕事は本当に楽しいんですよ」と言う杉山さん。一番うれしいときは、全ての工事が無事に終わり、試運転の時。

「タイホウさんの現場では、お客様が安心してくれています。」また、「一人一人の職人が向上心を持ち続けるために、タイホウ匠会は欠かせない存在ですね。匠会の総合力で、一層良い仕事をしていきたいです。」と力強く語ってくれた。

大工 有限会社スズイチ工務店
鈴木 一郎さん

鈴木一郎さん

家業を手伝っていた鈴木さんが、仕事の厳しさを知ったのは、若くしてお父様を亡くしたとき。初めて、外の工務店の仕事をして、自分の未熟さを痛感したという。

それからは、ひたすら、いろいろな現場で、様々な仕事のやり方を覚えた。「今の自分があるのは、そのときの経験と、親切に教えてくれた人たちのお陰です。」「今でも、知らないこと、できないことは、たくさんありますよ。」と謙虚に語る鈴木さん。困ったときは、良き仲間達に相談したり教えてもらったりしている。

何事にも真面目で一途な性格が災いしてか、昨年、腰を痛めて、一月半も休業してしまうことがあった。普段は、明るく前向きな鈴木さんだが、「このまま治らないのでは...」と不安になり、仕事を辞めようと思うほど落ち込んでしまった。そのときに支えてくれたのがご家族。奥様は、通院のときも家の中でも、いつも付き添い、側で励ましてくれた。「仕事は自分一人じゃできません。家族や仲間の支えがあってこそですね。」と、ニッコリ。

鈴木さんが、仕事上、いつも心がけているのは「住む人の身になって」ということ。常道や一般論ではなく、「ここに住むこの人が、何を望んでいるか、どうしたら使いやすいか」が一番なのだと言う。「自分は、現場に行くと、ついつい仕事に集中してしまうところがあるので...。タイホウさんは、お客様の話を親身になって聞いて対応してくれるし、私にもお客様の気持ちをよく伝えてくれるので、とても仕事がしやすいんですよ。」そして、「お客様に心から満足していただけたとき、この仕事にやりがいを感じるんですよね。」笑顔がステキな“スズイチ”さん。お身体に気をつけて、これからもよろしくお願いします。

「タイホウさんの現場では、お客様が安心してくれています。」また、「一人一人の職人が向上心を持ち続けるために、タイホウ匠会は欠かせない存在ですね。匠会の総合力で、一層良い仕事をしていきたいです。」と力強く語ってくれた。

鈴木左官工業所
鈴木 始さん

鈴木始さん

「本当はコックになりたかった」という鈴木さんが左官の仕事を始めたのは、中学を卒業してすぐ。大勢の職人を使っていた左官業2代目親方の家に生まれ、小さいころから、よく職人の仕事場について行ったという。25歳の時に先代である父が亡くなり、それから本気で仕事を覚えるようになったという。

左官の仕事に拘らず、どんな仕事も断ったことがないという鈴木さん。

「今までやったこともない大きな現場のときは、さすがに不安だったけど、自分にやらせてくれる限りは精一杯やります。」常に自分の能力や新しいことに挑戦する姿勢と、「何とかしてあげたい、喜ばせてあげたい」という思いが、鈴木さんの行動力と豊かな人脈の源なのであろう。

太豊建設との出会いも大工さんの紹介。「太豊の社長は話しやすいですよ。職人の話をよく聞いてくれて、納得したら『じゃあ、そうしてみようか』と言ってくれる。だから仕事がやりやすいんですよ。」ハウスメーカーや大手の工務店では、相談の余地なく、一方的に工程表が渡され、どうしても工期優先にならざるを得ないらしい。

この仕事で苦労することは「天気」。室内の京壁の塗り替えも、湿気が多いと1日でカビてしまう。丁寧に塗った壁を、カビをはがして下地からやり直したことは数知れない。「やればやるほど難しい。わかればわかるほど難しい。『これでよい』ということがないから。」「とっかかったら真剣に...。悪いときは素直に謝り、お客さんが満足するまで直す」のが信条。

毎年、お正月と夏休みには、必ず奥様と旅行に出かける、その道40年のベテラン左官、鈴木さんは、常に自然体で心優しい匠だ。

ヤマダ工務店
山田 重夫さん

山田重夫さん

「何歳から大工さんのお仕事を?」の質問に、「生まれたときから...。ボクは釘袋をぶら提げて生まれてきた。」と、茶目っ気たっぷりに答える。ふっくらした親しみやすい風貌と、温和で控えめな人柄、そして時折見せるユーモアで、現場の雰囲気を程よく和ませ、棟梁としての人望も厚い。

宮崎県出身の山田さんは、16歳から大工一筋。田舎では、職人の種類が少ないので大工さんが何でもやる。一番印象に残っている仕事は、20年前、宮崎に建てた「お城のような家」で、床柱は5人がかりでも持ち上げらなかったとか。

お客様から「仕事が早くて丁寧」「現場がきれい」と評判の山田さんが心がけているのは、お客様がどういう人で、本当に何を望んでいるのかを把握して仕事をすること。そのために、お客様を一つ一つの仕事を納めていけば、仕事は後からついてくるもの。10年以上お付き合いしているお客さんもいる。」と語る。

「太豊建設の社長の良いところは、お客さんをごまかそうとしないで、きちんと仕事をするところ。下職を大事にする会社は長続きする。苦しい時は下職が支えてくれるから。」とうれしい言葉をいただいた。

昔は、平面図だけで家を建てていたということだが、お客様のイメージ通りの家を建てるのは難しいのでは?と尋ねると、お客様の考えを100%分かった上で、それ以上のものをつくり、感動を与えるのが大工の腕の見せどころであり、醍醐味なのだと熱く語る。

「趣味は仕事。目立ちすぎず地道に仕事を続けていきたい。現場で死ねれば本望。」と、明るく言い切る山田さんは、やはり生まれながらの大工さんであり、正真正銘の匠である。

建築板金加工業 有限会社スズバン
高桑 進さん

高桑進さん

その道40年のベテラン板金士高桑さんの仕事場は、一般住宅から神社仏閣に至るまで幅広い。この仕事の魅力と難しさは、平らな板から形ある物を作ること。細工を復元したり、自分でデザインしたオリジナルを作り出すこともあるとか。

「きっかけは、姉が板金士に嫁いだから。修業を始めた15歳からの3年間が一番辛かった。仲間は次々と辞めてしまい、その時、支えになってくれたのが姉夫婦。仕事を覚えるまでは苦しいが、仕事を覚えた者は辞めない。何事も1人前になるには10年は掛かる。」と、当時を振り返る。

「今でも勉強」と言う高桑さんは、優れた職人がいると聞けば訪ねて行き、まず、道具を見せてもらう。腕の良い職人は、道具も自分の手に馴染む物を自分の手で作るという。

また、「建築現場では、他の職方に迷惑を掛けない様、他分野の知識も必要」と、趣味と勉強を兼ねて神輿のレプリカも制作している。「当然、現場監督なら、どんなことでも知っていなければならないが、経験の浅い監督の場合は、我々職方が助けている。工務店にとって、大事なことは年数の長さではなく、社長の器量...信用ですよ。
お客さんとの絆、職方との絆、太豊さんにはそれがある。」と心強い言葉をいただいた。

最近は、建てる側も住む側も経験不足だと言う。「今は、住宅も、デザインがスッキリして見栄えの良い既製品が好まれる。施工も簡単だが、味がない。その点、手作りには、重みと深みがあり、飽きない。言わば芸術品である。京都で日本建築を見たら誰でも『良い』と感じるはず。若い人には、日本建築の似合う場所でその良さを感じる経験をしてほしい。」と熱く語る高桑さんは、手作りにこだわる匠の中の匠である。

ガラス・金属建具有限会社アライE・Cコーポレーション
荒井 栄一社長

荒井栄一社長

荒井社長は、創業80年になる会社の2代目社長。以前は、建材を工務店に卸すことがメインだったが、社長に就任した20年程前からは、一般のお客様のお宅で施工することが多くなり、お客様に喜んでいただける仕事をすることを第一に考えるようになったとのこと。

「そのためには、①お客様の要望にできる限りパーフェクトに近いように仕上げること②適正な価格③コンサルティングの3つが大事。要望実現のためには、お客様の話をじっくり聞くことと、それを形にする技術が必要。お客様へプロとしてのアドバイスをしたり、お客様の声をメーカーに伝え、商品開発に活かすことも。」と、おっしゃる荒井社長の信念が、社名のE(エンジニアリング)とC(コンサルティング)に込められている。

「太豊さんとのご縁は、TOTOリモデルクラブがきっかけでしたが、『エコリフォーム』という経営方針に共鳴しました。」また、「岡井社長の人柄と、地域社会を大事にする姿勢には頭が下がります。私も『地域密着』を心がけていますが、なかなか実行できないことですよ。」とも。
趣味は、音楽(ピアノ)、美術鑑賞、囲碁と多才。また、ご家族と一緒に楽しむ登山やスキーが健康の秘訣のようだ。「まだまだ、足場に上らなくてはならないから...」と、現場の大切さを熱く語る荒井社長は、まだまだお元気で若々しい匠です。

管工事業 大昭設備工業株式会社
大原 浩社長

大原浩社長

今月は、旗の台で、水道などの配管工事業を営む大昭設備工業の2代目社長、大原さんです。
以前は、大型マンションやビルなどの野丁場(のちょうば)の仕事が多く、経営者にとっては、職人の手配などが楽で、施工も図面通りやれば良かったそうですが、職人同士初対面のことが多く、皆が自分の仕事を優先してしまうため、いさかいが絶えなかったとのこと。また、仕事の依頼主は不動産屋や管理会社なので、引き渡しのときも喜ばれることより、文句を言われることの方が多かったとか。

太豊建設とのお付き合いは、3年前の現社屋建築の際、大工の生方さんの紹介で工事をお願いして以来。
「太豊さんの現場は、殆どがご近所の住宅なので、お客様の顔が見えて張り合いがある。」と言う大原社長は、悪い箇所の修理だけするのではなく、一通り点検して、アドバイスもしているとのこと。「『よけいなこと』と言われることもあるが、プロとしてお客様のためにお知らせしている。」また、「技術の進歩で誰でも簡単に施工できる材料もできてきているが、知識と技術とお客様との信頼関係は誰にも負けない自分の誇り」とも。

当社の印象を尋ねると、「社長もタイホウ匠会の職人さんたちも皆、仕事がとても丁寧。協力して良いものを造ろうという同じ気持ちの仲間なので、とても現場が楽しい。できれば、地域の仲間たちと、いつまでも楽しく仕事をしていきたい。」と微笑んでいました。

電気工事業株式会社プラネット
専務 関根 一生さん

関根一生さん

高校時代から家業の電気工事の仕事を手伝っていた関根さんが、後を継ごうと決意したのは22歳のころ。最初は社長であるお父様に「中途半端な気持ちではダメだ」と言われ、入社に半年掛かったそうです。

仕事で大変だと思うことは、次々と開発される新製品に対応できるよう、常に情報収集し、技術を習得しなくてはならないこと。うれしいときは引き渡しの際で、「電気をつけた瞬間、お客さんが『いいねー!』という驚きと感動の声を上げたとき」とのこと。

座右の銘は「継続は力なり」。「毎回、感動を与え続けるには、前回より良い仕事をしなくてはならない。そのためには、技術を磨き、自分を向上させていかなければ...。」という真摯な思いが関根さんの「力」となっているようです。

また、「ただ、図面通りに施工するならたやすい。住む人のことを考え、例えば、家族が増えて増築する可能性があると思ったら、その時に対応できるよう、分電盤や配線の位置を工夫したり、専門家としてお客さんにアドバイスしたりする」そうです。
「太豊さんの現場はとてもやりやすい。困ったときは他の職方さんに相談することにしているが、仕事の手を止めて聞いてくれる。」と言う関根さんも、他の人の作業工程を良く聞き、やりやすいように配慮して仕事をしているとのこと。
「皆さん、思いやりがあり、仲間意識が高い。だから、良い仕事が気持ちよくできるんですよ。」と、にっこり笑う関根さんは、コミュニケーションの面でもタイホウ匠会の若手ホープ的存在です。

高橋組
高橋 渉さん

高橋渉さん

西大井在住の鳶職の高橋さんは、若いころ、建築関係の営業などをしていたそうですが、「現場で物つくりをしたい」との強い思いから、今のお仕事を始めたそうです。

「自分の仕事は、建物の一番肝心な基礎を造ること。基礎に狂いがあると、きちんとした家は建たない。また、自分が良い仕事をしないと、後に入る職人さんに迷惑をかける。」と、常に、完成したときのことを思い描き、後の人が安全に良い仕事ができるよう、そして、ご近所に迷惑をかけないよう考えて仕事をしているとのこと。

また、鳶職は、建築の最初と最後に携わるので、特にリフォームの場合は、古かった家が見違えるようにきれいになったのを見ると、驚きも感動もひとしおだそうです。

「建築の仕事で一番大事なことは?」と尋ねると、「それは、チームワーク。家つくりには多くのいろいろな職人が関わる。意見がぶつかることもあるが、それは、皆が、お客さんに満足してもらえる家を建てたいと思っているから。しかし、ぶつかってバラバラになってしまっては、良い家は建たない。『タイホウ匠会』は、意見を出し合った後、相談しながら、気持ちを一つにしてやっていける。その良い雰囲気を太豊建設の社長が作ってくれている。良い出会いに恵まれ、とても感謝している。これからも、今まで通り、順調に仕事ができれば...。」と、おっしゃる高橋さんは、プロとしての誇りと情熱、そして、仲間を思いやる優しさをお持ちの方です。

有限会社三美塗装
遠藤 修一社長

遠藤修一社長

(有)三美塗装の遠藤社長は、現在7名の職人さんを抱える経営者である。
「確かに自分は経営者ではありますが、その前にひとりの職人です。予算がないからといって、中途半端な仕事はできません。自分のした仕事は何年間も地域に残っていくものですから。」と独特の笑顔で淡々と語るその表情には、仕事に対するプライドと地域のお客様への誠実さが強く感じられる。

開業は、昭和24年。お父様である先代社長が「遠藤塗装」として品川区豊町で始められた。ご長男である現在の遠藤社長は、高校を卒業と同時に2人の同級生を誘い「遠藤塗装」へ就職。

10年間の厳しい現場での修行を経て、28歳の時に社長に就任された。二人の同級生も揃って役員になり、社名も「三人で美しい仕事を」の思いを込め「三美塗装」に変更した。

新築でもリフォームでも、家つくりの仕上げである塗装工事は見栄えの美しさだけではなく、家を保護して長持ちさせるという大変重要な役割を持つ。それだけに、全幅の信頼をおける業者でなければならない。「太豊建設さんとは、先代の岡井社長のころからのお付き合いですから...。」と言っていただける遠藤社長には、「タイホウ匠会」の中でもリーダー的存在になっていただきたいと思っている。

最後に、「自分が仕事に専念できたのは、家庭を守り支えてくれた妻の存在があったからこそ。」と奥様への感謝の気持ちを忘れなかった遠藤さんでした。サスガ!

生方工務店(品川区西中延)
生方 丈夫さん

生方丈夫さん

福島県生まれの生方さんは、10代半ばに、大工のご親戚に弟子入りしました。当時、一人前になるには、普通5~6年は掛かったそうですが、生方さんは4年で修行を終えたとのこと。
それには、まず本を読むこと、そして、親方の技を盗むことだそうです。「親方は、いくつもの現場をかかえているので、1つの現場に毎日くるわけではない。来たときは、一生懸命に親方の仕事を観察した」そうです。
また、生方さんは、若いころからとても後輩の面倒見がよく、自分が修行を終えても、一番下の後輩が一人前になるのを見届けてから、東京に出てきたそうです。

結婚後は豊町に移り、ちょうどそのころ創業した太豊建設とのお付き合いが始まりました。「大工は(建築のことなら)何でもできる、また、できなくてはならない」という高い誇りと、他の職人さんや若い設計士さんにもいろいろと教えてあげる優しさをお持ちで、目配り、気配りの利く、チームワークを大切にする方です。

そんな生方さんが、一番難しいと感じることは、「旦那の頭を研ぐ」ことだそうです。「住宅はめったに買えるものではない。手間も資金も掛かる。建て主の気持ちになって建てることが大事。だから、必ず建て主に会って、どういう人か、どういう気持ちかを確認してから仕事をする。」また、「安くて良い物は無い。より美味しいものを食べるには、よりお金を出さなくてはならない。建築も同じだが、建て主の立場になり、良い仕事をいかにして安くするかを常に考えなければならないし、これがとても難しい。」とおっしゃっていました。
今後の抱負は、「怪我をしないように働くこと」。生方さん、いつまでもお元気で良いお仕事をしてください。